原因と目的を考えて生きる

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原因と目的を考えて生きる

最近よく昔のことを思い出すのだけれども、
学生の時にね、ケイシーの友人で「バングラディシュで少女期を過ごして、JICAの大人たちとつるんでた」って女子がいて、見た目は普通の女子大生で化粧もおしゃれも普通の日本人の大学生で、一見しただけでは彼女の芯の強さなんてわからないんだけど
口を開くとびっくりするような芯のある発言や、ハッとさせられるようなことを言う友達がいたんです。
例えば「生きてるってどういうことだと思う?」
みたいな哲学的な話をしたら、彼女は

こう答えてた。

「生きてるって言うこと自体はただ、心臓が動いてて呼吸しているっていう事象。そこに何の意味もないよ」
たかだか20そこそこの女の子が、そんな達観したような言葉を使うんです。
学生時代って、そこそこ時間はあって、皆バイトしたりおしゃれしたり遊んだりっていう周りの雰囲気があって、でもその子は黙々と学生討論会に出席したり、いろんな大きな流れに逆らおうとしている少し斜めな女の子でした。
そんな彼女と、自分みたいな普通の日本人のどこが違うんだろうって考えたときに思い当たったのが、
少女時代をバングラディシュという大変な環境の中で過ごした彼女は、生きると死ぬことに毎日直面しながら生きていた。
でも、私達多くの日本人は毎日生きる中で、この‘‘生きていること‘‘の目的とか、意味とか、そんなこと考えることもなかった。私達ってどこか、操り人形のような部分もあって、皆がやってるからとか、流行ってるからとかという基準で物事を評価したり、逆に悪と見たりしている。
これって、単純に誰かの評価にゆだねていれば、自分自身でその物事の意味とか、目的とか考える必要もなくて楽なんですよね。
先進国の多くの人々がかかっている病は、これなのかなあと思います。
世界を旅しながら思ったこと、それは日本人はこの世界の人口の2パーセントの、物質的に豊かな部類にいるってこと。
その他98%の人々は、なぜこういう結果になったのかとか、どうやって生きていくとか、どうやって食べていくために稼ぐするとか、どうやって、なぜ、と考えることが多い。だから壊れたものを自分で直してしまったり、新しいアイデア商売も思いつきます。
反対に先進国の人間はどの物事にも、シンプルな目的とその原因があるはずなのに、そこを見ない傾向が強かったような気がします。
ひとが生きる目的は?
悩みの原因は?
ヨガをする目的は?
しっかりとゴールが定まっているからこそ、そのプロセスが最短になる。
ゴールがわからないから、ああでもないこうでもないと、いつも迷う。
最近、10年前に初めて出会った頃の彼女のことを想うのです。
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